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私たちにできること  2012年  リンク   コンタクト コラム



  私たちにできること

 望む、望まないにかかわらず、物質社会はもうこの先長くは続かないかもしれない。その時大きな自然の恵みをコントロールし、所有するのではなく、自然とひとつである自分に気づき、共存と尊重の中で新しい文化とテクノロジーを作り出していくことを選ぶか、または破壊の中から新たなコントロール、所有を求め、同じ道を進み続けるか。

 今の時代をどう生きるかは、私たちの未来に大きく影響を与えるのではないかと思う。

 500年前の日本に住む日本人にとって、自然と調和した生活を送ることはそれほど難しいものではなかったと思う。今、様々な誘惑、コントロール、洗脳、意識操作がはびこる世の中で、自然と共存可能な道を選ぶのは、並大抵のことではない。けれども、だからこそ努力する価値、そこから得られる精神的な学び、智慧は、500年前の日本人には得られないほどに大きいのではないかとも、思ったりする。もちろん、その時代にはその時代の葛藤があっただろう。

 何故自然と調和する、共存する必要があるのか、これは人それぞれの価値観の違いだから、自然は所有すべきもの、コントロールすべきものという考え方があったとしても、それはそれでよいと思う。ただ自然、動物、人間を切り離して考えるということは、人体の臓器を切り離して考えるのと同じように、突拍子もないことではないかと、見方によってはとれないだろうか。

 私たちは部分だけを癒すことはできない。最近ヒーリングブームだけど、ほとんどの人は一部だけを治そうとから回りしている。

 以下はいわゆる、より少ない自然破壊(=自虐行為)のためのアイディアを思いつきで書いてみた。これはおかしい、こっちのほうがいいのでは、または違ったアイディアを提供してくださる方は、是非ご指導下さい。


食料品売り場
家庭の電化製品
乗り物
石油



 食料品売り場

 割り箸を持ち歩く、ビニール袋をもらわない、ごみを分ける、リサイクルペーパーを使う・・・。無駄ではないけれども、これらはまるで、過激な消費生活を正当化するための言い訳、または、より環境に悪影響を与える商品から目を向けるため用意された、スケープゴートのようにさえ感じられる。とにかく、私たちのお金で何を買うかは、政治よりも大きな影響力があるはずだ。世界の政治は私たちが何を買うかをコントロールするためのものであり、ほとんどの人は世界政治の思いどおりに動くことを選んでいるようだ。


1. 地元で取れた野菜や果物、穀物を買う。

輸入品、遠くから運ばれてきたものは、より多くのエネルギーを運送のためと保存のため(冷凍、冷蔵)に消費しており、有毒な保存剤を使用している可能性もある。

2. 季節の野菜、果物、を食べる。

季節の野菜や果物が何であるかをまず知るべきだろう。季節はずれの生産に使われるエネルギーの量は大きい。

3. 冷凍食品、冷蔵食品を買わない。

もちろん、私一人が冷凍、冷蔵食品を買わなかったとしても、売り場はなくならないだろうけれど、あなたとあなたの友達が買わなくなったら、売り場は小さくなるかもしれない。どのみち、電気で保存された、電磁波を受けた食べ物が、体に良いというわけではない。

4. ビニール、プラスティックで包装された食品

買い物袋や、買い物籠をもってお店に入っても、ビニールやプラスティックで過度に包装されたものばかり買うのであれば、何の意味もない。

5. 動物性食品はエネルギー、水、土地、森林、すべてにおいて過度に環境を汚染している。

ハンバーガー1個は二分の一トンの森林資材に相当する。ぴんと来ないかもしれないが、木は切ってもまたはえる、土地は失われない、しかし、木が切り倒され牧場化されたとき、特に熱帯雨林においては土地の退化の可能性も高く、大きなエネルギー的損失が実現される。

6. 無農薬、有機栽培の野菜、穀物。

農薬が蝕んでいる地球が、私たち自身であるということを、人類は気づかないように調整されているようだ。それはまるで、人間の体の中で肺が毒薬を使って、他の臓器を働かないようにしているかのように。
人間が息をし、食べ物を食べるこの世界と私たちは切り離して考えることはできない。人間と自然を離れた別々のものであるという考えが、自然を所有物とする今の文化を作り出したのだろう。しかし実際には私たちがつくるごみの山は、私たちの中に存在し、いくら私たちの目に見えない遠くに捨てたとしても、ただひとつの例外もなく、私たちの血液を、精神を汚している。私たちが健康であるためには、自分の体の中だけではなく、自分の家の中だけではなく、地球全体をきれいにする必要があるだろう。

私たちが全体との調和に気づき、行動を始めたとき、本当の癒しのエネルギーが現れてくるのではないだろうか。

7. クローン、遺伝子組み換え

これにはお手上げ・・・。対策があれば教えてください。

家庭の電化製品

1. 冷蔵庫を捨てる。

ラディカルな提案かもしれないが、原子力発電所で作られた電気はより少なく使うほうが、私たちの未来のためには好ましいと思うし、冷蔵庫自体がとても有毒な物質だ。
都会に住んでいる人はお店が今やどこにでもあるのだから、冷蔵庫は別に必要ないと思うし、田舎に住んでいる人は自家菜園を持っているかもしれない。
また、冷蔵庫にいったん入れるだけで、食品の生命力は大きく下がる。
何時間もインターネットやテレビや携帯電話の周りで過ごす時間の、ほんの少しを買い物の時間に割り当てられないだろうか。

2. 掃除機を捨てる。

電気掃除機というものができてから、30年くらいにしかたたないのでは。ほうきと雑巾で十分に掃除できるし、埃などにアレルギーだという人こそ、埃になれて強くなるべきじゃないかな。

3. 洗濯機を捨てる。

洗濯機もまた、ほんの最近もたらされたもの。洗濯機のおかげで確かに人々は清潔になったといえるかもしれない。日本のほとんどの家庭では毎日、毎日洗濯機が動いている。その分洗剤で川や海は汚れ、電子力発電による電気が多量に消費された。手洗いすると、台所のお手拭、子供、男性の靴下など油汚れのものは石鹸を多く使い、それらを分けて洗えるので他のものに汚れが移らない、等、何かと便利で効果的なことが多く見つかるよ。

洗濯機は実際にはきれいにするためのものではない。

私たちはそれほど毎日毎日服やシーツやタオルを変える必要はないと思う。
一週間に一回手動の洗濯機で洗えば、それで十分に清潔だし、環境も汚れない。
お母さんが家族すべての洗濯を引き受けるのは大変だから、みんなで話し合って、助け合って、交代で洗濯をするというのはどうだろうか。

4. テレビを捨てる。

見えない電波の脳に与える害というものに対して私たちはあまりにも無頓着だ。また、私たちは潜在意識、無意識に与える影響力というものに対して、まったく無防備でもある。テレビや映画は私たちの意識をイメージから、シンボルから、音から、様々な方法で洗脳し、コントロールするために、何よりも都合の良い、何よりも効果的な道具である。

5. コンピューターとその備品を捨てる。

老若男女を問わず、今やほとんどの人がインターネットの前で、気の遠くなるほどの時を過ごし、不眠症に悩む。「自然の光は私たちのホルモン活動を正常にする重要な役割を持っている。自然の光は私たちの目から網膜へ取り入れられ、睡眠パターンと生命力の為に、極めた重要なホルモン、メラトニン(melatonin)を作る。― テリー・サウンダー」
(ちなみに、メラトニンというホルモン剤は副作用がなく安価で薬局で売られており、不眠症に効果があるという記事を読みましたが、内容については無保証です。)
多くのスピリチュアリストが、インターネットの前で永遠にも続きそうな時を過ごし、情報を探し、情報を交換し、自然からかけ離れた道を歩み続けて、一体どこへたどり着くのだろうか。

6. 自虐的携帯電話

携帯電話の圧倒的な普及には、呆然とさせられる。携帯の電磁波の脳に対する影響については、今や忘れ去られてしまったかのようだ。携帯電話は実際に電話をかけているときだけでなく、そばにあるだけで、見えない電波を常時受信しており、それを私たちの健在意識はとらえないけれども、潜在意識、無意識にどのような影響を与えているか、考慮してみる必要はないだろうか。携帯の電波は1時間で子供の脳の周波を変えてしまうらしい。
携帯を持つことは、私にとって理屈抜きに自虐行為以外の何物でもない。携帯電話を常備している人に意識変化はおこらない!と断言してもいい。
携帯の電波は私たちの覚醒しようとしているエネルギーを、もう一度深い眠りにつかせるために、大きな貢献を果たしているだろう。

乗り物

飛行機

飛行機は莫大な量の石油を燃料として使用する。多くのエコロジストが毎日の生活で石油の使用を制限しながら、旅行となると飛行機を利用することに何の疑問を感じていないということは、とても不思議な現実である。
空を駆けて講演活動をするエコロジストも多い。

もちろん自然に対する愛情を、その人の行動だけで判断することはできないだろうけれども、より効果的な環境保護のあり方を考えることは決して無駄ではないだろう。飛行機は決して地球に優しい乗り物ではない。

地球上の様々な場所を訪れる、違った文化を経験することはとても興味深いことではあるけれども、それが地球、自分自身の調和を崩してまで、今やらなければならないことだろうか。時間は永遠だ。いつか地球と自分自身、そして宇宙と共鳴するエネルギーによって旅をする日が来るまで、待ってみてもいいんじゃないだろうか。

自動車

自動車もまた地球に優しくない乗り物のひとつ。また、特に欧米人にとって絶対に欠くことのできないもの、エコロジーという言葉は車の使用の前において完全に消滅する。
日本は電車やバス、公共の乗り物がどの国よりも発達した国であると思う。もちろん、電車やバスもかすみを燃料にして動いているわけではないが、自動車に比べて、より効果的に燃料を使用している。しかし、この日本においてもマイカーを持つ人が増え続けているのはとても残念だ。
菜種油を燃料としたディーゼルカー、これが普及すれば、地球上から完全に森林は姿を消してしまうことだろうね。

電車、バス、公共の乗り物

欧米では大都市以外、公共の乗り物が年々姿を消していく。自家用車で行くほうが待たなくても良いし、便利には違いない。けれども自家用車の使用によって、地球に友好的な電車バスは年々姿を消していく。
少しぐらい面倒でも、自分に為に、地球の為に電車やバスを利用したい。

石油

地球の内部から掘り続けているこの化石燃料が、どれだけ地球に影響を与えているのか、内面的に外面的に私たちの想像を遥かに絶するだろう。然し人々は自分の周り半径数キロメートル以外のものが理解できない。
毎年、毎年、様々な場所で石油タンカーの事故が起こり、海は汚染され続けている。

石油というと多くの人は飛行機や自動車、船を思い浮かべるだろうけれども、農畜産業における石油の使用もまた莫大な量である。

石油が私たちに与えるものっていうのは何なんだろうか。物質的な便利さ、時間の節約?
その反面、石油は確実に私たち自身を肉体的に、精神的に蝕んでいる。